寒川町観光協会ブログ

samukawass.exblog.jp
ブログトップ

旧石器時代~古墳時代の寒川町

2011年8月6日、宮山中里遺跡、倉見川端遺跡、倉見川登遺跡の見学会がありました。
倉見川端遺跡の住居跡から直径6.7cm、厚さ(外縁部で)2.2㎜の古墳時代の青銅鏡が出土しました。鏡の裏の中心部分には等間隔で八つの小さな突起があり、外側には櫛(くし)歯状の模様が施されています。乳文鏡(注1)と考えられています。
d0239667_945138.jpg
倉見川端遺跡から発見された青銅鏡(乳文鏡)。


d0239667_9454666.jpg
青銅鏡出土地点。
左上の橙色の四角い破線の内側。


d0239667_9461626.jpg
青銅鏡が出土した住居跡、およびその周辺から出土した品々。


古墳が検出された範囲は長さ1kmに及び、相模川自然堤防上に弥生時代の集落や古墳時代の集落が展開しています。自然堤防の標高は10~11mです。
d0239667_9565730.jpg

寒川町には宮山中里遺跡、倉見川端遺跡、倉見川登遺跡を初め、多くの遺跡があります。
旧石器時代の遺跡は大蔵東原遺跡と岡田遺跡の2箇所あります。
旧石器時代の人々は季節の変化に合わせて移動する生活を繰り返していたため、住居跡はごくわずかしか残っていません。
寒川町の人口は2011年7月現在、約4万7千人と、近隣の市と比べ少ないのですが、縄文時代には、日本でも有数の集落がありました。
縄文時代の遺跡は、大蔵東原遺跡、岡田遺跡をはじめ9箇所から発見されています。
岡田遺跡は1,000軒を越える集落があったと推定され、全国的にも最大級の縄文集落になると考えられています。

岡田遺跡は相模野台地南西端の目久尻川と小出川に挟まれた平坦な台地に位置します。標高は約23~25mです。
縄文前期、地球全体の気温が上昇し、その結果、海水面が高くなる海進現象がありました。海水面は現在よりおよそ4m上昇したと考えられています。寒川町南端部の小出川下流域および相模川流域の沖積地の標高はおよそ4~5m程度であり、海進が進んだ時期には河口部は寒川町付近までせまっていたものと考えられます。
岡田遺跡から魚骨や貝類が出土しています。貝類は海水と淡水が混じりあう汽水域に生息するヤマトシジミが圧倒的な数量です。縄文中期の岡田遺跡にみられた魚労活動は、少なくとも前期からの伝統を引くものと考えられています。
多数の住居からなる拠点的な大集落を維持できたのは、こうした多様な魚労活動が可能なことと無縁ではなかったと考えられています。
寒川町の埋蔵文化財は文化財学習センター(注2)で見ることができます。

(注1) 乳文鏡(にゅうもん‐きょう)
4、5世紀の日本製の青銅鏡。直径10cm未満。背面に乳頭状の突起を配した文様がある。

(注2)文化財学習センター
高座郡寒川町一之宮7丁目3番1号 (一之宮小学校内)
くわしくは下記URLを参照ください。
http://www.town.samukawa.kanagawa.jp/life-part/bunka/bunkazai_gakusyuu/gakushuu_c.html
http://www.town.samukawa.kanagawa.jp/~syougai/bunkazai/bg-center.htm

[参考文献]
・寒川町史
・かながわ考古学財団調査報告書170, 宮山中里遺跡、宮山台畑遺跡, 2004.3
・さがみ縦貫道路建設事業 寒川町倉見地区 宮山中里遺跡・倉見川端遺跡・倉見川登遺跡 見学会資料, 2011年8月6日, 公益財団法人 かながわ考古学財団

[関連URL]
・公益財団法人 かながわ考古学財団
http://www.kaf.or.jp/
・倉見川端遺跡
http://www.kaf.or.jp/tyousajigyou/tyousajigyou2008/kurami/kuramikawabatakisodata.html
・岡田遺跡について
http://www.town.samukawa.kanagawa.jp/__download__/6829/siryou1.pdf
[PR]
by samukawa-ssas | 2011-08-31 10:04 | 観る | Comments(0)